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カナと僕は、隣の席だった。
さらさらとしたショートヘアに、特別大きいわけじゃないけど意志の強い瞳。陶器のように滑らかなあごのライン。きゃしゃな手首。
たぶん、初めて見たときから、僕はカナに心魅かれていた。
でも、話しかけることさえできなくて……いつも横顔だけ見ていた。
友達とふざけて笑い合う顔、難しい問題を解いているときにちょっと尖らせる癖のある唇、あくびをしたあとのほわんとした涙目。
いつの間にか、僕の胸の中にはカナの横顔がいっぱいに詰まっていた。
だから、僕の真正面に、後ろ手に手を組んで小首をかしげたカナが、鼻の上にちょっとしわを寄せたいたずらっぽい笑顔を浮かべて立っていたとき、一瞬それが誰だかわからなかった。
「キミって、いっつもぼんやりしてるよね」
そういえば、カナの声は少し低い。そんなことをぼんやり考えていて、僕は返事もできなかった。
ただただぼーっとしている僕のことがよっぽどおかしかったのだろう、カナはケラケラと笑い声を立てた。
「あのね、雨が降ってきちゃって」
正面から見ると、ほんの少しそばかすがあるのがわかる。
「もし傘、持ってるなら」
窓の外を指している細い指。強く握ったら、折れてしまうんじゃあないだろうか?
「駅まで、入れてってくれない?」

いままで、こんなに緊張したことがあるのだろうか。
右手と右足が一緒に出たりしないように細心の注意を払いながら、僕はカナに傘をさしかける。
壊れかけた、安物のビニール傘。2本も骨がぐにゃりと曲がっている、そんな傘。よりによって。
もっといい傘を持ってきとけばよかった。
それに、この傘は小さすぎる。カナが濡れてしまう。
緊張して傘をさしている僕を、カナはくすくす笑って覗き込んだ。
「ちゃんとささないと、キミが濡れちゃうよ」
そう言って、カナは僕から傘を奪った。そして、僕にさしかけてくれた。
カッコイイこと言って、カナから傘を取り返せたらよかったけど。情けないけど僕は、されるがままだ。
横顔しか知らなかった女の子。正面から見る勇気さえなかった僕。
カナの話すことに、ああ、とか、うう、とか、ばかみたいな返事を繰りかえしながら、僕の耳はカナの発するどんな一言も、吐息の一つまで漏らすまいと必死で機能していた。きっと、このときの僕の耳は、どんな動物よりも敏感に反応していたに違いない。いや、耳ばかりじゃなく、目も、鼻も、五感の全てが、それぞれのスペシャリストよりも発達していただろう。
「あ、もう駅」
だけど、こんな夢のような出来事にも終わりはある。
「入れてくれてありがと」
カナは傘を綺麗にたたんで、僕に返してくれた。
僕だけに向けられた笑顔。
そのとき。
僕は、自分自身に驚いた。そんな勇気があるなんて。
僕はカナの手を取ると、その手に傘を握らせた。
その手は、いままでに触れたどんなものより、小さく、冷たく、愛しかった。
「これ、使ってよ」
「え、でも、キミが…」
「大丈夫。駅からすぐ近くなんだ」
そう言って、カナの手を強くぎゅっと握って、僕は駅の外に駆け出した。
「ありがとう!」
カナが、いっぱいの笑顔で、僕に手を振っていた。
さっきまでの笑顔より、全然笑顔だ。
僕の家は、この駅の近くなんかじゃ全然ない。だから、僕はずぶ濡れになってしまって、だけど僕はあと何十キロメートルでも走っていけるような気分だった。いや、あの雨雲の向こうまで飛んでいくことさえできるような気分だった。
あの日から、僕は、雨の日が好きになった
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